フラスコさんへ
投稿者 渡辺 久義
 

ID論者が問題にするのは、考え方の大きな枠組みとしての進化論、つまり我々の考え方を一定の枠にはめて批判を許さず、学界でも学校教育でも常識のようになっている世界解釈の方法です。そういう意味では、進化論といってもダーウィニズム(ネオ・ダーウィニズムを含めて)だけが問題なのです。

木村資生の中立進化説などは、IDから見れば、修正ダーウィニズムといったものになるでしょうから、IDが相手にするということはありません(馬鹿にするという意味ではないのです)。

でも、私やID論者が見落としている、我々の議論を発展させるような、重要な観点があるとお考えなら、どうぞお教えください。正直なところ、私は他の進化論というものをよく知らないのです。  


中立進化説について
投稿者 フラスコ
  ID論では、ダーウィンの進化論のみを対象として反論されているように見受けられますが、その他の進化論についてはどのようにお考えなのでしょうか?
代表的な例として、中立進化説についてご意見をうかがえたらと思います。
【この投稿に対して】
フラスコさんへ 渡辺久義  

話し合いをする気持ちが有るのですか?
投稿者 おも
  一神教が文化として伝統的に存在する所の人々は「神」「創造主」…(以下略) 【BEEP!!】  
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IDの弱点
投稿者 セルダン
  渡辺久義さま。さっそくのお返事ありがとうございます。HPも全部ではありませんが読ませていただいています。ただ、あっちこっちの文章に反論をすると、煩瑣になるので、産経の記事に反論した次第です。あのインタビューが渡辺久義さまの考えのエッセンスだと判断したのですが、よろしかったでしょうか。

>「自然的要因からは生じえない(自然選択や偶然の変化の累積によっては生じえない)デザインされた構築物(鞭毛のモーター装置など)が経験的に確認できる以上、デザインの主体を想定せざるを得ない」
>超自然的な何ものかを指し示す研究結果が出ているのに、その結論はルール違反だと言うことはできないでしょう。

現在鞭毛モーターを進化論で説明することが困難だとしても、デザイナーの存在の根拠にはまったくならないと考えます。そしてこれが肝心なことですが、突然変異、自然選択では説明できないという確証はありますか。

化石について。
全ての生物の化石が発見されているわけではありません。また、化石にならなかった生物も多数あったでしょう。そう考えると、

>化石は変化なしに続き、突然、断絶して新しい種に変わるのが普通 、

というのも説明できませんか。きれぎれの痕跡しかないのですから、断絶していて当たり前です。

>小進化(種内変化)の例を出して(大)進化を説明しようとするから進化論は欺瞞だと言われるのです。

進化はほとんど全て「小進化」です。「小進化」した生物が生き延び、子孫をのこし、変異が累積した結果 、「違う種」となるのです。いちどに(一世代に)別 の種になる、などといったとはちょっと考えにくいですね。

ここの掲示板は非常に使いづらいですね。せめて、僕の一連の投稿が一度でおくれるくらいに、文字制限を緩くしていただけるとありがたいのですが。極端なほどの長文ではないと思っていますので。


*お詫び 現在、暫定的に500文字(全角)まで拡大し、今後さらに長い文章の入力が可能になるようプログラムを修正中です。投稿して下さった皆様にご迷惑をおかけしたことをお詫びいたします。(HP管理者)

「おも」さんへのお答え
投稿者 渡辺久義
 

我々(アメリカのID理論家を含めて)にも刺激となるよい質問です。

1.一神教が文化として伝統的に存在する所の人々は「神」「創造主」と普通 は言うでしょう。仏教のようにはっきりそういったものがない場合でも「宇宙の主宰者」というような言い方をするでしょう。
 しかしID論者がそうとはっきり言わず、「知的agent」「知的原因」「超自然的デザイナー」といった言い方をするのは、一つには神や創造主という言葉があまりにも(特定の)宗教的伝統の重みを背負い込みすぎていることと、もう一つは、端的に不明だからです。何か自然を超えた力があることはわかるが、それが何であるか分からないからです。決してごまかしているのではないのです。

2.ご質問の意味がちょっとわかりにくいが、自然界のデザイン(必然や偶然によらないもの)の存在を証明するものは、今のところ生化学のマイケル・ビーヒーなどの仕事(まさにメカニズムによる論証)、宇宙学者・天文学者の圧倒的なfine-tuningの事実の検証です。宇宙はこの地球(と人間)を作るために最初から働いていたと考えなければならない証拠は、増えていく一方のようです。

3.「デザインを施したものと施していないものの差」というのは、よくある質問だと思います。ウィリアム・デムスキーは、デザインとデザインでないものを厳密にふるいわける「フィルター」を考えました(「IDとは何か」で見てください)。これはデザインと必然・偶然を見分けるものですが、自然法則やその常数、初期値などもすべてデザインされているとすれば、宇宙全体がデザインされていると言うこともできます。そしてこれは別 に矛盾しません。
 ありふれた水や大気や火や光なども、驚異的に絶妙にデザインされたものと考えられるようです。(私の論文にもあるが、ご自身で勉強してください。)
 時々神様が天から降りてきて、あるものにデザインを施して帰っていく、というように考えるべきではないと思います。

ひとまずこれくらいで・・・

渡辺 久義


【参考】「科学革命としての『インテリジェント・デザイン』理論」

質問です
投稿者 おも
 

BBSを読んでの疑問ですが
1.超自然的な何者かとは何でしょう
2.IDの施されるメカニズムによってご説明ください(概念で結構です)
3.デザインを施した物と施していない物の差、=基準は何でしょう
真理でなく「科学的手法」でお答え下さい。


【この投稿に対して】
「おも」さんへのお答え 渡辺久義

新たな段階へ
投稿者 monsieur.0
 

はじめまして。進化論は、理論的に根拠に乏しいものであると、以前より感じておりましたが、「創造説」では、教育的には弱いです。ID理論は、多くの科学者が支持からもわかるように、「宗教臭くない」科学論理です。進化論一辺倒の、信仰のような考え方に鉄槌を。


セルダン様の質問への回答
投稿者 渡辺久義
 

ご意見をお寄せいただき有り難うございます。簡潔にお答えします。

「自然的要因からは生じえない(自然選択や偶然の変化の累積によっては生じえない)デザインされた構築物(鞭毛のモーター装置など)が経験的に確認できる以上、デザインの主体を想定せざるを得ない」ということです。

真理の探究は、禁じ手を作っておいてゲームを進めるサッカーのようなものであってはならないでしょう。超自然的な何ものかを指し示す研究結果 が出ているのに、その結論はルール違反だと言うことはできないでしょう。

「宇宙に目的も方向もあり得ない(機械的な盲目の力、すなわち必然と偶然しか働いていない)とする唯物論が正しいとすれば、宇宙や生命の歴史は、偶然と自然選択(ともに意志をもたない)を組み合わせるダーウィニズムでしか説明できない」ということです。

「化石の存在を無視するのですか」というのは普通 、進化論批判側のせりふですよ。化石は変化なしに続き、突然、断絶して新しい種に変わるのが普通 で、これは誰もが認めざるをえない事実だからこそ進化論は苦境に立たされるわけです。

長谷川真理子さんの本は読んでおりませんが、適応によってトカゲの足の大きさに変化が生ずるというのは、ダーウィン・フィンチのくちばしが環境の変化に応じて長くなったり、また戻ったりするのと同じ、いわゆる小進化の例でしょう。小進化(種内変化)の例を出して(大)進化を説明しようとするから進化論は欺瞞だと言われるのです。(こういった教科書の欺瞞を列挙したIcons of Evolution という本があり、我々はこれを研究会で読みました。ご興味があれば資料を送ります)

「生命が無生物から発生した」のなら――つまり生命にとって物質が必要にして十分な条件なら――我々の先祖(出所)は物質ということになる。もともと物質から発生したにすぎないものを掴まえて「人間の尊厳」などということがどうして言えますか。共産主義国家は唯物論を国是としたからこそ粛清ができたのです。ダーウィンからヒトラーに至る系譜を論じたFrom Darwin to Hitlerという本もあります。

「科学とは真実を探るための方法です」とあなたが真剣に言われるようだから、私も真剣に答えます。――だからこそ科学は、自分の立っている(自然主義という)前提をもう一度吟味しなければならないのです。自分自身を枠に閉じ込めてはならないのです。我々の生きる宇宙は目に見えているものがすべてですか。我々の心は存在しないか、存在しても単なる脳という物質の産物ですか。では脳はなぜできたのですか。ダーウィニストによれば宇宙には目的がないのだから、すぐれた脳を持った人間も偶然デキチャッタのですか。偶然デキチャッタ無意味な人間には、道徳のみならず生きること自体が無意味ですが、それでもいいのですか。「それでいいじゃないか」と言って開き直るのがドーキンズのような正直なダーウィニストですが、あなたも開き直りますか。

文面からして真剣にものを考えるお方のようなので、これだけお答えしました。新聞記事だけでなく、できれば私たちのHPを開いて読んでいただければ幸いです。

渡辺 久義



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