すばらしき新世界 ニュージャージー州へようこそ


ポール・マルシャイン 「ニュージャージー・スター・レッジャー」
(2005年5月26日)

 心の冷たい合理的なタイプの人間として、私は胚性幹細胞の研究に対するプロライフ(生命尊重)派の反対に、特に心を動かされるということはなかった。プロライフ派は、研究目的のために人間の受精卵を破壊するのはよくないことだと主張する。しかし問題の卵は、どっちみち最後には破壊されるのである。なぜこれをよい目的に役立てていけないのか?
 ところが最近私は、そういう私でさえ身震いするような研究の側面 があることを知らされた。ウェズリー・J・
スミスは『すばらしき新世界への消費者ガイド』*という本の著者である。彼は弁護士であり、ラルフ・ネイダーのかつての協働者であった。ラルフ・ネイダーは、バイオテクノロジーが止めどもなく研究費を要求しながら、我々をどこへ導いていこうとしているのかについて、懐疑的な考えをもつ人である。
 それが我々を導いていこうとする行き先は、糖尿病やパーキンソン病といった病気の試験管による治療ではない、とカリフォルニアの彼の自宅を私が訪ねたとき、スミスは言った。胚性幹細胞を、患者の体内に安全に移植できるようにすることのできる確実な方法は、はっきり言ってないのだという。
 「胚性幹細胞はネズミでは腫瘍を引き起こします。その成長をコントロールすることは全くできないのです」とスミスは語った。
 同じ問題が、人間に胚性幹細胞を移植しようとするときにも、きっと起こるだろうと彼は言う。しかしこの技術を用いるのに、もっと簡単で、しかももっと不気味な方法があるとも言う。胚性幹細胞を、人間のある種の病気治療に必要な細胞に変える最も有効な方法は、患者のクローンである胚を作り出すことだ。もしその胚を子宮の中に植えつけることができれば、出来てくる胎児は、患者の体のあらゆる細胞の完全なコピーをもつことになろう。不気味というのは、それらの細胞を取り出す唯一の方法はその胎児を流産させることだからである。スミスが恐れているのは、それが我々の向かう方向だということである。
 「予想されるのは、培養皿での研究から得られるあらゆるものが得られたあかつきには、次の段階として、培養皿から初期妊娠へという動きが生じることだ」とスミスは私に語った。
 これは考えるだけでも嫌なことだ。もっと嫌なことは、このようなことの実行が、少なくとも一つの州、すなわちニュージャージー州においては、完全に合法的なものになるだろうということである。昨年ジェイムズ・マクグリーヴィー州知事によって認可された法案は、まさにこの種のことを認可するものだ、とスミスは言う。この法案の見かけの目的は、幹細胞の研究を可能にすることだが、それはまた胎児の組織の取引を規制する文言をも含むものであった。そして幹細胞を胎児の組織に発達させる唯一の方法は、女性の子宮にそれを植えつけることである、とスミスは強調する。
 この法案はまた、人間のクローンを作ることを禁止するが、その際のクローンの定義は「遺伝物質をもった細胞を、卵、胚、胎児、新生児の段階まで育成すること」となっている。
 この定義によれば、問題の胎児を流産さえさせるならクローン作りは許されるようだと、スミスは言う。
 スミスのこの法案の読み方は、生命倫理について大統領の諮問委員を務めるプリンストン大学の倫理学者ロバート・ジョージによっても支持される。スミスと同じくジョージも、幹細胞論争は必然的に、部分を取り出すことを狙ったクローン胎児作りについての論争に移行せざるをえない、と言っている。
 「そもそもの議論は、我々がこういったクローン胚を作り出すことはあっても、それらを子宮に植えつけるなんてとでもないことだ」というものであった、とジョージは言う。
 ところがすでに、韓国の科学者チーム**が、クローンである胚を作り出すことがいかに簡単であるかを明らかにしてしまった今、我々は病気治療のためにそういったクローンが使えるという考えに、その分だけ近づいたのである。
 「これが合法として受け入れられた途端に、科学者たちは『もしこれを子宮に移すことができたなら』と言い出すだろう」とジョージは私に語った。
 その議論は、胚性幹細胞の研究の許可を求める議論よりもっと強力なものになるだろう、と彼は言う。現在のところでは、糖尿病患者や四肢麻痺患者は、遠い可能性でしかない治療法を求めているにすぎない。しかし[自分自身の体細胞を使った]クローン作りということになれば、その技術の大半はすでに存在する。例えば、自分自身の腎臓の使えるコピーを取り出すために、牝牛のクローンがすでに作られている。
 ジョージは立法者たちに、いかなるクローン胚をも子宮に植えつける可能性を排除するよう法案を改めるべきだと、警告の手紙を出したと私に話した。ところが返事は来ていないという。
 「きっと、自分たちが何をしているのか知らなかったことが、とても奇怪なことに思えるのだろう」と彼は言った。
 そこで私はこの法案立案の後援者の一人に電話をかけ、こういった批判をぶっつけてみた。ウッドブリッジ出身の州民主党議員で、とても頭のよい男であるジョー・ヴィタールは、スミスやジョージの言っているような心配は現実的に根拠のないものだと言った。万一、科学者がクローン胚を植えつけたと発表するようなことがあれば、法律が効力を発揮するだろう、と彼は語った。
 「そんなことは全くけしからぬことで、倫理に反することです」とヴィタールは言った、「もしニュージャージー州法がもっと明らかにされねばならないというなら、我々はそういうことが決して起こらないように釘を刺すべきです。」
 確かにその通りではある。しかしそこで私はヴィタールに、なぜ胚性幹細胞の研究を規制する目的の法案が、胎児の組織の取引を規制する文言を含むのであろうか尋ねてみた。
 「ウーム」と、彼はしばらく考えながらこう答えた、「それについては答えられません。」
 「誰がこの法案を書いたのですか?」と私は尋ねた。
 「それはいろんな資料からの寄せ集めで作ったものです」と彼は言った、「その一人は参考証言にやってきた医者でした。名前は忘れましたが。」
 「フランケンシュタイン博士ですか?」と私。
 ヴィタールは笑った。
 私はこっけいな人間だ。私のクローンを作る必要があるだろう。

(ポール・マルシャインは「スター・レッジャー」誌のコラムニスト。連絡先は pmulshine @starledger. com.)
* Wesley J. Smith, Consumer's Guide to a Brave New World, San Francisco: Encounter Books, 2004) この書名は、生命操作による悲惨な人間の未来を予言したA.ハックスリーの小説『すばらしき新世界』(Brave New World, 1932)から来ている。
** 黄教授を中心とするソウル大学チーム、その成果が米誌「サイエンス」に発表された。

 
 

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