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教科書Asking About Lifeの最大の問題は宗教誹謗でなく事実歪曲

Casey Luskin
April 30, 2010

最近、地方の学校で使われている教科書Asking About Life(生命に関する問い)が若い地球創造論を「聖書の神話」と呼んでいると言って、これを拒否すべきだと主張するテネシー州のある親のことがニュースになった。私はこの教科書の1998年版を調べてみたが、なるほどその通 りだった。それはある宗教的見方に対する攻撃、禁止、否定、反対、誹謗、敵意に満ち満ちている。進化は教えるべきである。しかし、なぜこんなふうに、憲法上問題となるような宗教への攻撃的やり方で教えなければならないのか分からない。しかしAsking About Lifeの茶番は、(a)それが進化論に有利な証拠だけを教えて進化論への科学的反論に関する事実は全く教えないこと、そして(b)進化論の証拠とされるものについて様々な不正確な記述を含んでいることである。

(a)については、この教科書は冒頭に「進化の証拠とは何か」という章を立てて、分子から人間へという壮大な物語が真理であると言おうとしている――「生物の進化とは、おそらくRNAのわずかな痕跡(flecks)から百万を超える驚くべき多様な種への、地球上で起こった生命の過程である。数ページあとには、ダーウィンの考えは「反論できない進化理論」だと書かれている。(b)についてのこの教科書の間違いのいくつかを以下に述べることにしよう。

カンブリア爆発において出現した様々のボディ・プランを「単なる歴史の偶然事」と呼ぶこの教科書は、この時期に「歴史上比類のない多様性の爆発(burst)」が起こった」ことを認めはする。この本は、生物群が時には「非常に急激に」進化すると主張することによって、この「爆発」を説明しようとし、その主要な例は、ガラパゴス・フィンチの進化だと言っている。しかしこれらのフィンチは、すべて同じボディ・プランをもち、互いに交配し、多くの点でほとんど区別 しにくいほどなのである。(Jonathan Weinerは『フィンチのくちばし』の中で、「神とピーター・グラントだけがダーウィン・フィンチを識別 できる」と言っている。)ガラパゴス・フィンチ同士の細かい違いが、生命進化の最も多様な動物のボディ・プランを説明するのに役立つとは、とうてい考えられない。

生物地理学は、「世界中の種は近接して生息する種に最も近い関係をもつ」という理由で、共通 祖先を確認していると言っている。すなわち、それがそうでない場合を除いて、ということだ。この教科書のこの記述は特に正確さを欠くものである――

同様に、大陸に棲む種の最も近い親戚 は、同じ大陸の他の、非常に異なった生息地に見出されるもので、異なった大陸のよく似た生息地においてではない。例えば、南米熱帯地域の生物種は、アフリカやアジアの熱帯の種よりも、南米の他の非熱帯の種に最も近い。

だとすると、この主張とは全く反対の例については、どう考えたらよいのだろうか――他の南米の種よりも、アフリカの種に確かにより近いように見える南米の生物種については? 数多くの可能な例のうち2つだけをあげるなら、南米のcaviomorph rodents(カピバラ)と南米のplatyrrhine monkeys(ノドジロオマキザル)である。現に生物地理学は、生物種が近隣の種より、遠く離れた地域の種により近いように見える例に満ち満ちている。

この教科書の致命的な問題は、チトクロームCに基づく分子系統論が「他の比較研究に基づいて作られた系統樹に本質的に一致する」もので、この「相互一致は分子比較研究の威力の十分な証拠である」と主張していることである。この教科書はチトクロームCの系統樹を宣伝するが、古典的な動物系統論とは著しく異なるチトクロームBの系統樹を無視している。Trends in Ecology and Evolutionに掲載されたある論文が述べているように、「ミトコンドリア・チトクロームB遺伝子は、系統樹作成の方法にかかわらず、哺乳動物の系統樹の馬鹿ばかしさを示唆している。ネコとクジラが霊長類の中に入り、simians(サルと類人猿)やstrepsirhines(キツネザル、bush-baby、ドウケザル)の仲間になり、メガネザルを排除することになる。チトクロームBは、おそらく最も多く配列を調べられ、この驚くべき結果 に人を一層がっかりさせた脊椎動物の遺伝子である。」その1998年版にこの情報が含まれていないことは許されるかもしれないが、私は2004年版Asking About Lifeも手に入れて調べてみたが、これもチトクロームCについて、「アミノ酸配列の示唆する進化の歴史は、通 常、化石記録の示唆するその歴史とかなり密接に一致する」と言ったり、「化石記録と解剖学的比較と分子比較は、内部的に論理的であり、それぞれが独立して(系統論の関連性を)確認するものである」と言っている。しかし2000年のNature誌に載ったある論文は全く違ったことを言っている――「生物分子を研究することによって構築される進化系統樹は、形態学から描かれたものとは似ていないことが多い。」

これら以外にもこの教科書は、人間の胚には「鰓の裂け目」があるとか、「人工的選択は進化のメカニズムと考えられる自然選択のモデルになるものだ」などと間違ったことを言っている。この本の名誉のために言っておくと、ミラー・ユーリー実験を論じながら、この本は用いられた大気が間違っていたことを認めている。しかし科学のこのような難点をごくまれに認めながらも、「初期の大気の正確な組成は未解決かもしれない」、しかしそれは「最初の有機分子が小惑星や流星や彗星などから来た可能性があるからだ」と、最初の言を取り下げるようなことを言っている。もちろんこの教科書は、そのような衝突は地球にもたらされた有機分子をおそらく蒸発させるというようなことは、一言も言っていない(See Edward Anders, “Pre-biotic organic matter from comets and asteroids,” Nature, Vol. 342:255-257 (1989))。

全体を通じてこの教科書は、頑なななダーウィン・オンリーの立場を貫いており、ネオ・ダーウィニズムや化学進化への現実の科学的挑戦については、一言も述べていない。この教科書の宗教攻撃が憲法上の問題となるかもしれないが、Asking About Lifeの最大の愚かしさは、その独断的で不正確かつ一方的な進化の説明にある。

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