Evolution News & Views

嘲笑とダブル・スタンダードが学問として通用する学術書

Casey Luskin
July 12, 2010

クイズをひとつ――次の引用文は(A)Panda’s Thumb(注:よく知られた反IDブログ)からのものか、それとも(B)Springer科学出版社の発行する学術誌のものか?

「ばかばかしさ(silliness)の特によい例は、自然の過程は新しい遺伝情報を生み出すことはできないというIDの主張である。ID唱道者たちは最近この路線を重点的に推し進めている(Meyer,2009)…」

もしあなたが(A)と答えたら残念デシタ。これはNCSEの前スタッフNick Matzkeによる、学術誌Evolution: Education and Outreachに載った最近の論文からの引用である。これはNCSE(全米科学教育センター)に歩調を合わせる雑誌で、ここではこのような文言が学問的主張として通 用するようである。ジェイ・リチャーズの言葉を借りれば「嘲笑は議論ではない」。

もちろん最近の論文のこの引用文でマツケが言及しているのは、スティーヴン・マイヤーの2009年の著書『細胞の中の署名』(Signature in the Cell: DNA and the Evidence for Intelligent Design)である。この本へのマツケの学術的反応の内容は、ここに展開される議論を「ばかばかしい」と断じ、後にこの本が、Rick WarrenのThe Purpose-Driven Life(目的に動かされる生命)に言及するものだと勝手に決めつけて、これを叩くことにとどまっている。

マイヤーの「目的に動かされる生命」への言及は、もちろん(出所は示されていないが)巨大教会牧師であり今日のアメリカの主導的福音伝道者の一人リック・ウォレンの、非常に人気のある同名の本(2002)への直接の言及である。生命起源に関するどんな標準的な科学の本でも、こんな言及をしたら実におかしいだろう。しかし創造論者の本、いやIDの本でさえ、これが主旨に叶ったことなのである。

しかし実際のところ、マイヤーは「目的に動かれる生命」にどう言及しているのか? マツケの論文は、Signature in the Cellからの抜き書きを次のように細工している――

1970年代中頃ティーンエイジャーであった私は、この現代生活における意味の不在を感じていた。…いかなる英雄行為、思想、あるいは感情、努力、霊感、天才、また成就も、もし人格をもたない粒子だけが究極的に永続するのだとしたら、どうして永続できるのか? …インテリジェント・デザイン理論は、細胞の中の情報――署名――の出所を突き止めることはできないが、生命の究極の原因が人格的なものであることを確証する。…IDの主張は、唯物論的信念の前提に疑問を突き付け、そこから流出する絶望の哲学を逆転させる可能性を提起するものである。生命は心の生み出したものであり、意図され、目的をもち、「初めから見えていた」ものである。したがって物質の背後には、研究するに値する一つの現実があるかもしれないのだ。


我々の人格を形成する意識をもつ現実が、永続する実在性をもたないならば、もし生命や心が物質的宇宙の意図されたのでない仮の現象だとするなら、我々の生命(人生)は、実存哲学者たちが認めたように、いかなる永続的意味も究極の目的ももつことはできない。目的に動かされる宇宙がなければ、いかなる「目的に動かされる人生」もありえない。(Meyer 2009)

このマツケの引用を頼りにするならば、この引用文の2つ目のパラグラフは『細胞の中の署名』のどこにあるのか見つけるのは非常に難しい。なぜならそれは最初のパラグラフの2頁前に現れるからだ。もちろんこれは、マツケがマイヤーの文章を勝手にいじって、そのコンテクストの多くを省略しながら、かなり重大な並べ替えをやっている事実を反映している。

もしマツケが、最初のパラグラフにつづいて実際の通 りに引用していたならば、次のパラグラフとして自然に我々が期待する通 りに、マイヤーの次のような文章を見出したであろう――

この理論のこうした含意は、論理的に言えば、それを確証する理由にも拒否する理由 にもならない。しかしそれらは、この理論の主張を注意深く考慮し、作用主体(agency)の可能性を領域外(out of bounds)として定めようとする試みに抵抗する理由――非常に個人的、人間的理由――にはなる。(p. 451)

マイヤーの議論のコンテクストは、IDのより大きな含意について話しているのであって、ID理論についてではないことを示している。しかしマツケの論じ方は、より大きな哲学的あるいは神学的含意、あるいは宗教的話題に触れることを、「生命起源に関するどんな標準的な科学の本」でも場違いだと言っているようである。皮肉なことに、マツケがやっていることは、まさにマイヤーが警告していること、すなわち現実にその議論と取り組むことなしにIDを「領域外のもの」として定める試みである。だからこそマツケは『細胞の中の署名』の議論を「ばかばかしい」と呼んで片づけ、マイヤーの議論の神学的含意について見当はずれな苦情を唱えるのである。

しかしマツケが、主流の科学の本は科学のより大きな含意――宗教的な意味合いも含めて――を論ずることに関与しないと言うのは、正しいであろうか? 起源問題を扱った科学の本を何冊か私の書棚から取り出して、ここに示すことにする――

*有名な物理学者スティーヴン・ホーキングは、A Brief History of Time(邦訳『ホ   ーキング宇宙を語る』)の結びでこう述べている――「しかしながら、もし我々が完全な理論を実際に発見したとしたら、…その時には、哲学者、科学者、一般 人を含めたすべての人が、我々と宇宙が存在するのはなぜなのかという問題の論争に参加することができるだろう。もしそれに対する答えが見つかったとしたら、それは人間の理性の究極の勝利であろう。なぜならその時、我々は神の心を知ることになるのだから。(p.85, Bantam Press, 1988)


*著書Cosmosの終わりの所で、カール・セーガンはこう述べる――「なぜなら我々は自己意識にまで発達した宇宙を、その片隅で体現する者であるからだ。我々は自分の起源について考え始めた――星を考える星屑として、原子の進化を考える兆の兆の兆倍を超える原子の組織的集まりとして、少なくともここで意識が生じたこの宇宙の長い道のりを考える者として。我々の忠誠は種とこの惑星に対するものだ。我々は地球を代弁する。我々の生き長らえる義務は、我々自身に対するだけでなく、我々がそこから生じた古くて広大な、あの宇宙に対するものでもある。(p.296, Ballantine Books, 1980)

*Creation Revisited: The Origin of Space, Time and the Universeの末尾で、オックスフォードの化学者ピーター・アトキンズ(Peter Atkins)は言っている――「初めに無があった。単にからの空間でなく、絶対的な空虚であった。空間もなく、時間もなかった。なぜならそれは時間より前だったからである。宇宙は形をもたず空虚であった。偶然によって揺らぎが生じた。…絶対的な無から、絶対的に介入なしに、基本的(初期的)な存在が生まれた。(p.149, W.H.Freeman, 1992)

*生命起源についての書Life Evolvingで、ノーベル賞受賞の細胞生物学者Christian de Duveは、「そうしたことすべてにおいて神はどうなっているのか?」と題する章の中でこう書いている――「そうしたことすべてにおいて神はどうなっているのか? これは皇帝ナポレオン一世が、物理学者ピエール-シモン・ド・ラプラスに尋ねたとされる質問である。ラプラスは、彼の著書Mecanique celesteの厳密に決定論的な原理について、ナポレオンに説明したところであった。『陛下、その仮説は必要がないのです』と、この有名なフランスの物理学者は答えたと言われる。…説得力をもって証明された事柄について、科学は譲歩することができない。もし科学が知っていることと、宗教が信じていることの間に対立があるならば、後者が譲歩するしかない。この対立は、生命問題において特別 に鋭いものとなっている。生命の領域では、科学の諸発見と、宗教的メッセージに陰に陽に含まれる多くの観念との間に、ますます広がっていくギャップが存在する。(pp.284, 286, Oxford University Press, 2002)

マツケの主張とは裏腹に、起源問題についての標準的な(主導的科学者による)科学の本は、最後のところで、その科学的議論のもつ含意について論ずるのが普通 である。400頁以上を費やしてIDの科学的証拠を提示し、なぜ自分の議論が科学的な根拠をもつのかを説明したあとで、マイヤーは、その証拠から彼が個人的に引き出すより大きな宗教的意味合いについて、数ページを費やす権利を十分以上にもっている。

ニック・マツケは、彼が進化生物学者を扱う基準とは違う基準によって、ID唱道者を扱うことに慣れている。つまり彼にとっては、進化生物学者には言論の自由があって、彼らは自分の科学思想のより大きな哲学的・神学的意味合いを論じても、その思想を科学的と呼ぶことができる。しかしマツケはID唱道者に対してはダブル・スタンダードを適用し、もしID論者が彼らの科学的論証の神学的意味合いを探索しようとすると、それは「科学を装って宗教的護教論に肩入れする」ことだと主張するのである。

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